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野球好き大学院修了生の頭の中

将棋に興味を抱いたことで、村山聖九段の生涯を知った~「聖の青春」感想

突然の質問だが、皆さんは本を読むだろうか。僕は、この年になってやっと読むようになった。といっても、ジャンルは限られていて、基本的にはノンフィクションの類いや、その人の考えとかがまとめられている自己啓発本の類いだったりである。

 

図書館という「知の宝庫」が身近に存在するというのはとてつもない財産なのだと、この年齢になって感じるようになった。図書館にはありとあらゆる本が置かれている。本というのは、その著者であったり、あるいはフォーカスされた人物と、直接出会わずとも対話を可能にする素晴らしいツールだと僕は考えている。例えば、「論語と算盤」を読むことで渋沢栄一からたくさんのことを教わることができるし、「我が闘争」を読めばヒトラーがナチズムへ走っていった理由の片鱗を掴むことができるかもしれない。最近だと、「直観力」という本を読んでいて、それによって将棋界の頂点に君臨する羽生善治の天才たる所以に触れることができている。本にはその人の思想がにじむ。そこから著者の持っていた意思を読み取るのである。

それにしても、小学生の頃など図書室に行く時間があれば身体を動かしたいと考えていた僕がこうも価値観が変わるとは…と我ながら驚かされる。しかし、素晴らしいツールなのだから、今から使い始めても遅くない。

 

 

ところで僕は、おそらく知識欲が人一倍強い。わからないものや理解できないものがあると、知りたくなって仕方がない。

そのひとつが「将棋」である。

将棋では、相手の指す手を「読む」ことが要求される。その「読む」という作業は、一体どのような思考過程を経てなされるものなのだろう、と興味を抱いたのが始まりだった。駒の動かし方はわかっていた僕は、ネット将棋や詰将棋に挑戦してみた。駒の動かし方がわかるなら、手順も必然的に定まるはずだ。そんな軽い気持ちで対局をしてみるものの、実際にやってみるとまるで勝負にならない。いつの間にかこっちの手が潰されている。詰将棋も、3手詰になった途端に全く解けない。どうやって考えれば答えが出るのだろう。その思考過程を知りたい。そうやって将棋にはまっていった。

そして、将棋にはまっていくにつれて、棋士の人なりに対して興味を抱くようになったり、棋士に対する畏敬の念が深まっていったりした。その畏敬の念を向けている最たる例が木村一基王位かもしれない。 

mackey5baseball5f.hatenadiary.jp

木村王位については先月ブログで記した通りであり、今僕が目標に向けて頑張る原動力となっている。

このようにプロ棋士に対して興味を抱き、彼らとの「対話」を望んだとき、僕は「本」を手に取る。今回は、その中でもどうしても読みたかった1冊についての話である。

 

 

 

「聖の青春」

このタイトルは、聞き覚えのある人もいるのではないだろうか。というのも、これは3年前に松山ケンイチさん主演で映画化されている作品である。当時は村山聖九段役の松山ケンイチさん、そして羽生善治九段役の東出昌大さんの徹底した役作りも話題となっていた。

この作品は、村山聖九段の生涯を題材とした、大崎善生さんによるノンフィクション小説である。

ノンフィクション小説であるから、当然ながら「村山聖」は実在した人物である。1969年6月15日広島で生まれ、幼少期から腎臓の病気と闘っていた。しかし驚異的なスピードで棋力は成長を遂げ、17歳という若さでプロ入りを果たす。年齢とプロ入りの時期が近い羽生善治九段、佐藤康光九段、森内俊之九段という後の永世タイトル獲得者3名に村山九段を含めた4名が「羽生世代」と呼ばれる黄金世代の中核の棋士となっていく。特に村山九段は「東の羽生、西の村山」と、あの羽生善治と並ぶ存在とされていた。体調不良によってやむを得ない不戦敗がたびたびあったものの、タイトル挑戦や一般棋戦優勝経験もあり、竜王戦1組・順位戦A級まで登り詰めた。癌のため29歳で生涯を閉じたものの、いまだに語り継がれる伝説の棋士となっている。

順位戦A級」まで昇級するというのはどれほど難しいかということを少し説明したい。順位戦というのはピラミッド構造である。名人が頂点に君臨し(現在は豊島将之さんが名人に在位)、順にA級(羽生善治九段はここに在籍)、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組という構造になっている(その更に下にフリークラスというものもあるがここでは割愛)。プロ棋士になった者は原則まずこのC級2組に属することになって、最短でも1年に1クラスしか昇格ができない。プロ棋士になるためには奨励会というものを勝ち上がらなければならないが、プロ棋士になれるのは年間に原則4名しかない。そのような狭き門を潜り抜けてプロとなった現役棋士はおよそ170名であるが、A級棋士になるまではプロ入りから最短でも4年かかる。しかもA級棋士は10名しかなることができない。A級棋士というのは、プロ棋士のうち上位1割に満たない棋士が在籍するリーグなのである。A級棋士という身分が特別なのは、八段昇段条件のうちA級昇級のみが唯一のタイトル獲得ではない条件であることからも読み取れる(他はタイトル2期、もしくは竜王1期で八段昇段)。

 

山九段はA級までに10年もせず到達してしまうのだが、僕からすると村山九段の功績というものがあまりにも信じられない。村山九段の病気は体力にダイレクトに響くものであるから、将棋にも悪影響が生じるはずである。しかも、僕がいくら頭を悩ませてもさっぱりわからない難解な勝負でこれだけの結果を残している。それがあまりにも信じられないのだ。なぜこんなことをやってのけたのか。ハンデを乗り越え、目標だった「名人」まであと一歩のところまで登り詰めた要因は何だったのか。

その答えを知りたくて「聖の青春」を手に取った。そこには村山九段の日常生活が鮮明に描かれていた。正直、驚愕した。まず、とにかく将棋ばかり。酒や麻雀といった遊びにも興じてはいるが、それ以外はとにかく将棋さえあればいいっていうほどの生活だった。体調さえよければ、というより多少悪くても毎日のように将棋会館に通い研究していたという。そして、その集中力は特筆すべきで、幼少期からとにかく将棋に没頭していた。時間がないことを自覚していたからこそ、集中力は研ぎ澄まされ、将棋に全てを懸けていたように僕には映った。

大病を患い思うように体力が続かず、幼少期から死と隣り合わせだった村山九段には並々ならぬ覚悟があったのかもしれない。命がけなんて言葉があるが、まさに村山九段は命がけで将棋を指していた。入院していた病院を半ば脱走する形で対局に向かったことも何度もあるようだ。覚悟というものは、どれだけ自分で決めたつもりになっていても意外と弱いものである。しかし、村山九段の覚悟は本当に強いもので、それがトッププロとしての成績を生み出したのだろう。

自分は今、どのくらいの覚悟を持っているのだろうか。改めて自問自答して覚悟を持たねば、と思った次第である。