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野球好き大学院生の頭の中

賢介のために日本一になれ~賢介劇場、開幕

タイトル、ピンと来る方も多いのではないかと笑

どうも、mackeyです。あ、そうだ。

We wish a Merry Christmas, And a Happy New Year~♪

 

 

さて、本日の話題はこちら。

www.fighters.co.jp


田中賢介 現役引退を表明「みんなにユニフォーム姿を見てほしい」

来季、プロ20年目を迎える田中賢介選手が、来季限りでの引退を表明しました。レギュラー定着の頃からずっと観ていた選手ですので、僕としても思い入れも強いです。

 

ただ、まず一つ確認すべきは

来シーズンも田中賢介選手はいる

ということですね。まずここは大変喜ばしいことでした。

 

 

|目次|

 

 

 

 

1.これまでの振り返り

ベストナイン(以下「B9」と略)は6度、ゴールデングラブ(以下「GG」と略)は5年連続5度の受賞。00年代のパリーグを代表するセカンドとして君臨した選手です……という説明も不要かと思います。

ファイターズ5度の優勝の全てを知る選手は3名しかいませんが、それを全てレギュラーとして経験したのは田中賢介選手ただひとりです(優勝年全て在籍していたのは他には飯山コーチと武田勝さん)。そんな田中賢介選手のこれまでをざっくりとまとめてみました。

 

 

 

 

・プロ入り後から05年まで

ドラフト2位指名というように、期待はされて入団するも一軍定着までは時間が掛かりました。その時代の賢介選手を注目して観ていたわけではありませんが、どうも守備が課題だったようですね。

 

 

・06年から08年~2番打者として

転機は2006年。遂にセカンドのレギュラーの座を掴みました。打順は2番。ものすごく懐かしいですね。当時は森本選手が出塁、賢介選手が送りバント、それから小笠原選手以降の打者で返すという得点パターンが出来上がっていました。この年、自身初の日本一を経験し、打率3割にB9・GGといったタイトルも獲得するなど大ブレークの年となりました。

ところが2007年は打撃不振に陥ります。当時を覚えている方はすぐ頭に浮かぶと思いますが、当時の打撃フォームは非常にクセが強いものでした。グリップを肩より下に構えていましたからね。けっこう真似してましたが(笑)、あれインハイ対応しづらそうだなーと中学生だった僕は思ってて、そこを見事に突かれてしまっていた記憶です。あくまで記憶ですので、正しいかどうかは保証しません。とはいえ、2番打者として58犠打(当時のパリーグ記録)を記録し、B9とGGの同時受賞をまたも達成します。この年の打撃成績でB9なのか

そこから2008年には打撃フォームを改良し、打率は3割目前、本塁打は自身唯一の2桁本塁打を記録するなど調子を取り戻します。この07~08年のファイターズはとにかく貧打でして、そんなチーム事情からこのシーズンは2番→3番→1番と打順が移り変わりました。

 

 

・09年から12年まで~1番打者として

そして、2009年からはしばらくの間1番打者として活躍を続けます。特に2010年は自身最高の打率.335・34盗塁を記録し、首位打者争いを終盤まで繰り広げました。

ところが、2011年からは怪我に見舞われることとなります。2011年は6月に左足首を骨折してしまい残りのシーズンは欠場しました。2012年も8月末に守備中に当時ライオンズ在籍の中島選手と交錯し、左腕を骨折して、日本シリーズの出場も果たせませんでした(この時代わりに出ていたのが西川選手)。

 

 

・13年、14年~メジャー挑戦

12年オフに海外FA権を行使、メジャーリーグに挑戦します。

しかし、なかなか出場機会には恵まれず、結局出場できたのは13年の15試合にとどまりました。結局14年シーズン途中で自ら自由契約を申し出ることとなりました。

 

 

・15年、16年~日本復帰、2度目の日本一

さて、その頃のファイターズ。14年シーズン終了と同時に稲葉選手と金子誠選手というファイターズそのものと言うべきくらいの精神的支柱が引退することとなりました。その頃です。田中賢介選手復帰が濃厚というニュースが流れてきました。シーズン中の報道だったものですから、金子選手が引退特番で賢介選手に「こっちざわついてんだけど?」っていじっていたのを今でも覚えています。

ということで復帰し、2015年シーズンは主にクリーンナップを務め、自己最多の66打点を記録しました。このシーズンは右肩を亜脱臼した状態でのプレーで、走る際に右手でユニフォームを掴んでいたのは記憶に新しいかと思います。中島選手との二遊間は「新婚」と称され、B9の同時受賞を果たしました。

そして2016年、あの伝説のシーズンですね。このシーズンも主にクリーンナップを務めました。しかし、後半は打撃が狂い始め調子を落としていきました。全試合出場は果たしたものの、成績は前年を下回りました。

 

 

・17年、18年~レギュラーから外れて

前年の不振から巻き返したい2017年シーズンは、本人の成績不振、チームの早々の優勝争い・CS争いからの脱落、即戦力ルーキー石井一成選手の入団など様々な事情が重なり出場機会が減少します。

そして2018年シーズンは遂にスタメンの構想からは外れ、途中出場が主な出番となりました。しかしながら打撃はむしろ復活します。特に後半戦は代打の仕事にも慣れたのか、成績が向上しました。打席が少ないので比較に適しているか疑問ではありますが、打率.295とOPS.722はチーム復帰後4年の中では最も良い成績です。

 

 

 

 

2.19年~ラストシーズンはどうなる

「新庄劇場」と「俺のために日本一になれ」。どっちも日本一になった際の印象的なフレーズですね。お分かりかと思いますが、今回のタイトルはこれを意識しています。

やはり賢介さんを手ぶらで引退させるわけにはいきません。幸いにも、今オフのファイターズは素人目に見ても「来季優勝します」との決意表明に映るほど動いています。今までは数年後を見据えた編成が多かったはずですが、今オフに限っては来年を見た編成です。

 

そっか、賢介いなくなるのか。なんとしてでもドーム行かなきゃな。時間がないとか言ってられない。どう頑張っても早くて5月下旬にはなるけど……笑