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野球好き大学院生の頭の中

「警察官をクビになった話」でハッとさせられた話

どうも、mackeyです。

 

パソコンを用いて勉強することが多いこともあって、休憩がてらに他人のブログを読むということもたまにやっています。ただ、まあ読むだけで、普段はそれでおしまい。しかし今日はこんなブログを読んで、何か自分の中で衝撃を受けて、本当は勉強も忙しいところなのにブログを書かずにはいられなくなって、今に至ります。

そのブログがこちら。

www.keikubi.com

決して筆者本人が何かヤバいことやらかしてクビになったわけではありません。というか、クビと言っていいのでしょうか?そのあたりの詳しいことは読めばわかりますが、なかなかにヘビーな内容なので、読むのであれば覚悟してかかったほうがいいかもしれません。それでも読む価値のあるものだと感じたので、今回紹介させていただきました。

 

 

 

 

読後の感想はあまりに多岐に渡り、頭の中を渦巻き、それらをどう言葉にしていいのか整理がつかないといったところです。

 

 

共感と表現するとまた違う気もしてしまいますが、「似た理由で夢を諦めたこと」という共通点がここまで引き付けられた理由かもしれません。

筆者のハルオサンが警察官を辞めた理由は、警察学校での様々な出来事によります。人間関係のトラブルと表現すればいいでしょうか。

 

僕が高校野球を途中で辞めた理由。

そこに左膝の怪我が挙げられるのは間違いないのですが、人間関係に苦しんだことも理由です。何かやられて「ああふざけ合ってるつもりのやつかな」と思って同じことを相手にやったらブチ切れられて。立場が彼らの中では対等じゃなかったんですよね。そんな人間とチームプレーなんかできるわけない。あと、怪我でリハビリ中に「全員坊主にすることになったから」と言われて、坊主にしたら誰もしていなくて。しまいには「もっと変になると思ったのにつまらない」と。最初からバカにする目的だったんだな、と。ああ、彼らは仲間ではないんだな、と。この当時、部活だけでなくクラスでも人間関係がうまくいっておらず、ここが現時点で人生の底だったと思います。

 

 

そして、同時に思い出した「集団心理の怖さ」

集団心理っていうのは本当に怖いです。いじめの対象なんて、誰になるかわかりません。環境が変われば、すぐ自分が対象になりかねません。それが僕に回ってきただけ。いじめ問題をこう軽い言葉で片付けるべきではないことくらい、そりゃわかっています。でも、これが現実です。ないはずがないんです。

 

僕としては、暴力でかかってきてくれたならどれだけありがたかったか。何人がかりでも構いません。でもそんなこと仕掛けてきてくれるやつはいませんでした。まあそりゃ殴り合いの喧嘩したらどっちが勝つのか一目瞭然ですから。逆に言うと、どんなに体格的有利であっても、関係なくターゲットにされかねないということです。しかも、こっちがキレて手を出してくるという余裕すらなくすように追い込んで。頭の良さを自負している彼らのことですから、嫌がらせも頭脳戦のゲームでしかないのでしょう。ましてや、高校内で成績が振るわず、運動部も辞めていて、THE・劣等生だった僕なんて格好のターゲットだったのでしょう。

父の転勤の際に、転校するか?という話にもなったことがありました。親に自分が何をされていたのか、ということは特に伝えていなかったのですが、気付かれてはいたのでしょう。でも当時の僕は「逃げたら負け」って思っていて、結局意地で3年間通い続けました。特に接点のない人が、席替えで「あいつ隣とか最悪なんだけど!」って言ってて、それをクラスの人たちが一緒になって笑ってたとしても。

 

あの高校に進学したことを悔やんだ時期もありました。そこでやる野球に憧れたことが志望理由だったなら別に野球辞めたんだから転校すればよかったはずです。でも僕自身、変なプライドが当時ありました。〇〇高校に受かったんだ。その辺の奴らとは違うんだ。特別なんだ。今考えればそうだったと思います。本当にしょうもないプライドでしたし、当時の自分が恥ずかしくて仕方ありません。しかし、そこにすがるしかないくらい自分に自信がなかった時期でした。この肩書きすら失ってしまえば、いよいよ俺は何もない人間だ、と。

 

 

僕は、母校が正直嫌いです。その理由に選民意識の見え隠れがあります。

卒業式でこんな言葉をいただきました。「ノブレス・オブリージュ」。身分の高い者は社会還元をしなければならない、社会の模範となるように振る舞うべきだ、という程度の意味でしょうか。この言葉自体を否定するつもりはさらさらありません。ですが、ここ、別にただの公立高校です。自惚れでは?と思わずにいられませんでした。

あとは、当時の数少ない友人のひとりの親に言われた「不良とかとはどうやって距離を置いていたの?」という言葉ですかね。言ってやろうかと思いました。「そういうやつらの友人がたくさんいます」と。他にもはっきりと選民意識の空気を感じ取った出来事はたくさんありました。

入学当時の僕は人のこと言えないんですけどね。

 

ただ、結局は期待しすぎたんだと思います。憧れの学校だったので、あまりに期待値が高すぎた。その反動だと言われてしまえば返す言葉も見つかりません。

 

 

そして、僕が今回一番強く感じたのは「引きずる怖さ」でした。今更こんな10年近く前のことなんか気にしなくていいはずです。でも、今こうやってブログにあのとき何をされて……みたいなことをスラスラ書けてしまうわけです。いい加減忘れればいいのに、それができない。心のどこかで恨みとして残っている。

いい加減次に進まなければならない、いつまでも過去に囚われいちゃだめだ、わかっています。こんな母校批判とかしているようじゃだめなんです。僕を攻撃してきた取るに足らない人間のことなんか考えている場合じゃないんです。でも、僕は今のままでは将来こどもが生まれ、成長して高校入試を迎えたときに母校を志望したとき、心の底から賛成ができない。

ここ最近は、カウンセリングも受け終わりましたし、あの頃のことを思い出すこともなく過ごしていたので、自分の中では消化できた話だと思っていました。ですが、今回紹介したブログを読んでいろいろと溢れてきました。本当はまだ消化できていなかったようです。だから当時のことを書きました。そして、これを区切りにします。そう決めて、自分に言い聞かせます。いつまでも引きずっていたらダメだ。やらなきゃならないことが僕にはあるので。なのにエネルギーをそっちに持っていかれてるのなら、あまりにもったいない。

 

 

 

 

脈絡のない文章を最後まで読んでいただいた方がもしいれば、感謝申し上げます。