Be honest. Be ambitious.

野球好き大学院生の頭の中

リレーの選手に選ばれてキャーキャー言われたかった

おはようございます、mackeyです!

 

最近、近所の小学校のグラウンドで、運動会のリレーの選手に選ばれたこどもたちが朝練しているのを見かけます。小学校くらいだと脚速い男の子がモテたりするじゃないですか。僕はそういうのがほんとうらやましくて笑

 

というのも、僕、リレー出場したことないんですよね…笑

 

今でこそ、運動神経には自信があるほうですが、当時は全くそんなことがなかったんですよ。

まあ、こんな感情をいつまでも引きずっていても仕方ないですし、ここで書いて発散して断ち切ろうじゃないか、というのが今日のテーマです笑

 

 

 

|目次|

 

 

 

 

1.小学校低学年時代~典型的な運動オンチのガリ勉キャラでした

生まれつき喘息持ちで、この時期まではすぐ体調を崩す病弱な少年でした。なので、周りの子と比べて身体を動かす機会というのがそもそも少なかったんです。スポーツは何をやってもだめで、身体だけはでかいくせに(ここは昔からでした)非力で、女の子にも普通にスポーツで負けるという。

成績は自慢ですけど自慢じゃないんですけどこの頃から良かったんですが、それじゃあモテない(たぶんこんなことばっか考えてたからモテなかったんだろうと今になって冷静に考えればわかるんですが)。運動できないガリ勉みたいな感じで、いじめられてました。これ初めて言うなそういえば。いじめは絶対ダメですが、存在するのも事実です。

結果、最初入学した小学校では突然上級生から蹴られたりするわクラスメートに上靴隠されるわみたいな状態でしたね。父親の転勤で転校することになったとき、どれだけ救われたと思ったか笑

転校後も別に脚が速くなることもなく、運動会の短距離走では最下位付近が定位置でした。

 

 

2.小学校高学年時代~成長期で希望の光が差す

しかし、小学校5年生だったでしょうか。運動オンチの僕が生まれ変わります。

 

成長期がやってきたのです!

 

女子のほうが一般的に成長期は早く訪れますが、僕は女子の成長期と同時くらいでした。ただでさえ学年1を争っていた身長は、グングン伸びて気付けばひとりだけ頭1つ抜けていました。並んだらひとりだけ顔出てるんですよね。卒業当時175センチ。今思えば身長については早熟型でしたね。そっから10センチくらいしか伸びなかったので。

この時期のこどもって成長期迎えたかどうかで筋力も全然変わってきます。僕も成長期を迎えるとともに、急に脚が速くなりました。たしか、1年間で100メートルのタイムが3秒も縮まりました。リレーの選手はクラスから4名選出されるので、そこには惜しくも選ばれず。ですが、可能性は残るくらいになりました。

他のスポーツも、何やらせてもだめだったところがまるで変りました。誰にも負けないと自負できた肩の強さはこの頃からでした。

ちなみにこのときの急激な成長が、後に代償として左膝の怪我に繋がります。そりゃ1年間に10センチ以上、しかもそれを2年間続けてのペースで身長伸びたらいろいろ成長が追いつきません笑

 

 

3.中学校1、2年生~不遇な時代

中学校にも陸上競技大会があったので、クラスの4名がリレーの選手に選ばれます。

この頃には、僕はむしろフィジカルエリートと化していました(今思えばよくここまで急激に変わったなと思う)。体力テストあるじゃないですか、握力測ったり50メートル走したり反復横跳びしたりとかのやつ。あれ確か中学校時代は毎年総合得点学年1位を争っていました。

こうなれば短距離も速くなっていて、クラス上位4人には食い込んでいました。なので、ついにリレーの選手に選ばれるんだと思いました。

しかし、中学校からは陸上部がありました。リレーって、当然バトンパスだいぶ重要なんですよね。となると、陸上部固めたほうがいいって話になるんですよ。うちのクラス、陸上部3人いて、その3人が選出されました。俺、そのうちの2人よりは速かったのに…って思いながらも、まあ納得はしていました。で、残り1名です。実は、同じ野球部で、僕より脚速いやつが1人いたんですよ。てことで、僕は落選して補欠に。クラスが違えばなれたはずだった……と思いましたが、まあ来年にリベンジと気持ちを切り替えました。悔しさを個人種目のハンドボール投げにぶつけ、優勝。

 

で、中学校2年。クラスが変わりましたが、やはりクラス上位4名に入るタイムでした。しかし、このときはクラスで揉めたということもあって(連覇かかってるハンドボール投げ出たいんじゃぁぁぁってごねりゃそりゃ嫌われる。ただ、膝的に高跳びは100%無理だったのが理解されなくてつらかった。)外されました。なので、来年こそは穏便に交渉してリレーに選抜されよう、あと2連覇を達成したハンドボール投げで3連覇しようと心に誓いました。

 

 

4.中学校3年生~遂に…しかし悪夢

ラストイヤーの陸上競技大会。さすがに3連覇が懸かっていたので誰も文句言わずに僕はハンドボール投げにエントリーすることができました。学力もクラス断トツ1位、スポーツ万能、先生に媚び売りまくってたから信頼度MAX。もはや嫌われようと知ったこっちゃないって心境でした。

 

当時のくっそ性格悪い僕に、今とても説教したいです。

 

まあそれはさておき、この年もクラス上位4名に入る短距離のタイムでした。なので……

 

遂にリレーに選抜されました!

 

この年のクラスは、100メートル走のリレーメンバーの持ちタイムが最速だったんです。僕はクラス4位でしたが、他クラスだと1位になれるくらいでした。

ですから、メンバー4人は気合い入りまくり。僕も、昔抱いていたモテたい!という気持ちはどっかに消え、勝ちたい!という気持ちだけがありました

部活は引退していましたから、夜も学校のグラウンドに集まって練習して、バトンパスも陸上部多いクラスに負けないよう練習して、と。

準備は万端です。あとは本番を迎えるのみ。ハンドボール投げ3連覇とリレー優勝を心に誓い、前日は眠りにつきました。

 

 

 

そして、当日。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

………

 

 

 

…………

 

 

 

あれ?本番まだ?

 

 

 

ねえ、本番は?

 

 

 

まだ、あのときの陸上競技大会開催されてないよ?

 

 

 

10年前の陸上競技大会はどうなったの?

 

 

 

……説明しよう。

 

 

 

雨天中止である。

 

 

 

つまり僕は

 

 

 

選出はされたけど出場したことがない。

 

 

 

クラスの人たちはみんな中止になって喜んでいましたけど(うちのクラスはスポーツ苦手な人が多かった)、リレーの4人だけはもう本当に葬式のような暗い顔

まじで勝てると思いました。リレーもハンドボール投げも。ですが、天気には勝てません。家に帰って、父親に中止になったことからかわれて僕がブチ切れて大ゲンカになったことは覚えています。

 

 

 

だから、リレーで脚光浴びていた人たちがうらやましくて仕方ないんです笑

 

まあ、過ぎたことはもうどうしようもないので、今日を持ってこの感情は捨てます。そもそも、僕今スポーツで輝くことが目標ではないので笑

脚光浴びるような星の下に生まれることはできなかったかもしれないけど、それをコンプレックスに感じないよう、僕なりの生き方を貫きたいです。