Be honest. Be ambitious.

野球好き大学院生の頭の中

再開がてら雑談!~②野球を「する」視点で

またまたこんにちは、そろそろこんばんは。mackeyです。

本当はこちらを本日更新予定でした笑

 

 

 

野球大好き人間、そんな僕がこれまでどんな野球歴を送ってきたのか。今回はそんな記事です。

 

 

 

まず、野球を始めたのは小学校の頃の少年野球チーム………ではないんですよね…笑

 

当時は、幼稚園の頃まで喘息持ちだったため身体が弱く運動と無縁な人生で、低学年の頃なんて運動オンチの極みでしたから、野球を「する」なんて考えられませんでした。まじで運動会の徒競争では最下位が定位置の人間でしたから…笑

 

そんな僕が、遊びとして野球というものに触れ始めたのが小学校4年生くらいだったでしょうか。記憶が正しければ、プロ野球を観たことでやりたくなった、という順だったと思います。ただ、それでも運動神経ないのは相変わらずで少年野球団に入るのは躊躇われました。

 

ところが、転機が訪れます。小学校5年生のとき誰よりも早く成長期を迎えたことで身体能力が格段に向上しました。それを自他共にはっきりと認識したのが小学校6年生。

運動会シーズンには必ず徒競争の練習をさせられますが、このとき初めて上位でゴールしたんです。なんか、脚の回転から何もかもが今までにない感覚で、100メートルのタイムも前年と比べて3秒ほど速くなっていて(たまたま記録票みたいなのが手元に残っていたので確認したらそうでした笑)、当時とても驚いたのを覚えています。

その後、運動会とは別に校内で陸上競技の記録会みたいなものがあったんですが、そこでソフトボール投げをしたら、少年野球チームに入っている人たちも数多く参加した中まさかの堂々の2位

このとき思ったわけです。「中学からなら体育系の部活入ってもついていけるのかも」と。

 

 

ということで、中学入学と共に野球を本格的に始めました。当時、早すぎた成長期のおかげで176センチという上級生もドン引きの身長を手に入れてました。同時に、早すぎた成長期のせいで膝が既にやばかったのですが…笑

 

もちろん上手くはなかったものの、遊びで野球をやっていたおかげである程度形にはなっていましたし、その頃には身体能力が僕にとって武器になっていたので経験者とそれほどレベルに差がない状態でした。

 

さすがに2学年上が在籍していたころは違いましたが、新チームになったときにはチーム1の強肩、当たれば他の人より飛ぶバッティング(当たるとは言ってない)、走力もチーム随一という状態でした。まだレギュラーは程遠かったものの、練習試合で主力以外で試合するときにはクリーンナップを任されるなど期待されていました。あれ、なんかこの特徴、どこかで見たような…阪神タイガースの25番…

また、入部直後から監督に「ピッチャーやってみないか?」と打診されました。

当時、僕の憧れは(※今も)松井秀喜さんです。小学校の卒業文集にもそう記しています。だから僕が目指していたのは「4番センター」でした。だからせっかく打診をされたのですが…

 

 

 

 

 

 

 

一瞬で快諾しました笑

 

だって、レギュラーになりたかったですし、なれる可能性があるならどこでもやりたかったですもん笑

そういうわけで、ピッチャーがメインポジションになりました。ピッチャーとしては1年秋頃から先発も任されていました。不器用さが災いし、変化球はそれほど持っていませんでしたが、球速が自慢でした。

 

あ、僕が投げてた変化球はこの記事に詳しく書かれています笑

 

mackey5baseball5f.hatenadiary.jp

 

 

そして、自分たちの代になったころには僕はエースの座を争っていました。

少なくとも、監督にとっても僕は公式戦で使う駒として認識していただけていたので、あとはエースナンバーを勝ち取れるか、というところでした。

が、僕は一度イップスに陥ります。新チーム最初の大会で制球が乱れ自滅してしまい、その後志願登板するも同じことを繰り返してしまったため、チームメートから批判の的になってしまったことによります。この時期は中学時代、一番苦しい時期でした。本当にキャッチボールできなくなるんですよ。

そのイップスを克服するために、一度フォームを根本的に変えました。当時は身長を活かしたいという気持ちからオーバースローにこだわっていたんですが、僕の身体の回転って縦ではなく横が向いてたんです。そのため一度サイドスローにしました。現在はスリークォーターですが。腕を下げたのはもう一つ理由があって、僕は身長以上に腕の長さが異常なんです。本当にスーツの既製品どれも腕短けぇわ!みたいな。

そこからは自分でもびっくりするくらい順調でした。初めてサイドで投げた試合でいきなり完投勝利。いつも多かったフォアボールも見違えるレベルで減り、何しろ内外の投げ分けができる!(それできないでよくピッチャーやってたわと今では思います)

 

そして、3年生。遂に僕はエースの座を勝ち取ります。3年生の頃は奪三振マシン状態です。正直、最後のシーズンはまともにヒット食らった記憶がありません。あってもドン詰まりが抜けたとかポテンとか。最後の大会で僕はなんと

 

 

 

ノーヒットノーランで地区優勝

 

 

 

を達成します。2016年のリーグ優勝の大谷投手を限りなくスケールダウンさせると、僕のような結果が残ります。

ちなみにピッチャー始めてからはピッチャーとしての成長に経験値全振りしていました。筋力ポイントや技術ポイントもミートを上げず球速やコントロールに全振りです(パワプロのサクセスやってればわかるネタ)。なので、打順は最後は8番でした…笑

きっと監督はこの点は誤算だったでしょう…ごめんなさい…

自分でも思うけど「目標・松井秀喜」ってなんだったんだ…笑

 

でもひとつだけ言わせてほしかった。俺、筋力本当はそんなにないの。筋肉付きづらい体質なの。球速いのも打球飛ぶのも、それはしなりのおかげなの。腕の長さをフルに使った結果。だから、俺の適正打順は長打を求めないところなの。脚速いんだから1、2番に置いてくれよ…笑

 

 

高校では入部するも怪我で途中退部し、大学入学後サークルで再開して引退し、今に至ります。

 

 

 

実は、社会人になったら再開するつもりだったりします。それまでにボロボロの左ひざと左ハムストを改善させたいです…笑