WE LOVE FIGHTERS!

道産子ファイターズファンによる、幅広い野球雑談

珍しく真面目な感じの文章

今日の大雨はいったいなんだったんでしょうか。こんばんは、mackeyです。





突然ですが「人間万事塞翁が馬」って言葉あるじゃないですか。すげえざっくり言ったら「何がどう転ぶかなんてわかんねっ☆」ってやつ。正しい意味知りたければ各自で辞書見るかググるかしてください。

さまざまな経験を重ねるなかで、あの言葉ってほんとその通りだなーと思うわけです。




例えば、僕はそこそこの年数野球やってますが、ポジションはピッチャーがメインです。ところが、このポジションって最初から望んでたところじゃないんですよね。

僕は松井秀喜さんに憧れて野球を始めました。僕もあのホームランに魅せられた野球少年のひとりです。僕の体格も当時から同世代と比較して大柄でしたので、パワーヒッターというものに憧れていました。だから、4番に座る外野手になりたかったんです。

もっと言うと、ピッチャーってやりたくなかった。なんか他のポジションに比べてルール多くて。笑
セットポジションがどうだの、サインがどうだの、グラブの色指定がなんちゃら…とか。なんか覚えること多すぎない?と。とても後に大学院生となる人間とは思えない思考回路です。

ですが、野球始めてすぐピッチャーに抜擢されました。当時は乗り気ではなかったものの、野球ド下手でしたし、アピールポイントなんて「強肩」だけでした。他全てダメ。そんなやつ野手なんて無理ですが、肩で生きていける唯一のポジションがピッチャーでした。こんなレギュラーになれるチャンス逃したら、もうレギュラーは無理だとわかってたので頑張りました。結果、そのままピッチャーとして生きてきたわけで、今となっては本当にマウンドこそ自分の居場所だと大袈裟ではなく思っているくらいです。


進路選択もそうですね。高校は憧れの本命に受かりました。ですが、入学してからの高校生活ではおそらく経験しうる挫折の全てを味わい、楽しかった思い出はほとんどありません。正直、なかったことに出来るならなかったことにしたいとすら思います。

逆に大学は本命に落ちて滑り止めに引っかかりました。当時は引きこもるくらいの勢いでショックでした。でも入学してからは、ここまで人生変わるのかっていうくらい楽しむことができて、大学院も同じ大学に残りました。笑

高校の同期に会いたくなくて地元から離れた大学を志望していた、という側面も本命の志望理由にありましたから、あまり地元に残りたくなかったです。
ところが、地元に残っても結局4年間楽しく生活できたわけです。時折SNSで目に入ってきた自分への悪口も気にせず過ごすことが出来ました。まあそんなことしてるやつらって結局浪人してましたし、大学で同期にならなかったことも大きかったですね。ほんとどうなるかなんてわからない。






今辛くても、これがどう転ぶかはわからないです。最終的に「よかった」と思える結末が待っているかもしれないわけです。

そうなることを期待して、なんとか今は耐えて踏ん張って歯食い縛って精進していかねば、と思います。





なんとなく、頭にぼんやり浮かんだことを文字に起こして整理したくなったので、ブログという形で書き起こしてみました。