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WE LOVE FIGHTERS!

道産子ファイターズファンによる、幅広い野球雑談

野球歴≒投手歴の僕が投手の魅力を語ってみる

どうも、平日は更新減る気がするので今日もうひとつ記事書いちゃえ精神なmackeyです。




タイトルの通り、僕は野球を始めて以来ほぼピッチャーを務めています。理由としては、良く言えば肩が強いから、悪く言えば他が守れないから←

…まじめな話、体型的にどうしてもキャッチャーや内野は向いてないというのもありますね。
ホークスの柳田選手は高校時代サードを守ってたんですが、背が伸びて脚が長くなってどうがんばっても腰を低く落とせなくなったため外野に転向したとか。体型でポジションの向き不向きってのはどうしてもあります。
僕もピッチャー以外にやってたのはセンターとファーストですからねー、なんで左投げに生まれなかったんだろうと思うポジションシリーズ。笑

ただ、そんなネガティブな理由を挙げてはいますが、当の本人はピッチャーが楽しくて楽しくて仕方ありません笑
本当にマウンドにいると落ち着くんですよ笑

なぜピッチャーというポジションにこれほどまでに惹かれたのか、なぜピッチャーほどいいものはないと僕が信じて疑わないのか、その理由をひとつひとつ語っていきます!相変わらずの自己満ブログ!読んでくれる人ありがとう!←





①野球はピッチャーが常に主導権を握っている

おそらく「んなわけねーだろ」と思う方もいるでしょう。バッターが主導権握ってる場面しょっちゅうありますやん、と。

ですが、僕が言いたいのはそういう意味とは少しずれます。単純な話です。だって、ピッチャーが投げなきゃ何も始まらないんですから。

ピッチャーがボールを投じて、初めて勝負が生まれる。ですから、常にピッチャーは能動的でバッターは受動的になります。守備はなおさら受動的でしょう。そういう意味においては、ピッチャーが試合を支配してると言っても過言ではありません笑

試合の主役はピッチャー。まずこれだけで快感です笑



奪三振の快感は忘れられない

僕が野球を続ける理由の90%は「奪三振の快感を味わいたい」で占められると言っても過言ではありません。ホームラン1本も物凄い快感ですが、僕はその数十倍奪三振の快感が強いです。

ちなみに僕が特に気持ちいいと感じる奪三振シチュエーションは以下の通りです。

・全力の直球で空振り三振
・顔付近から曲がっていくスライダーorカーブに、バッターが一度仰け反ってから追いかけるようにスイングして空振り
・ズバッとアウトロー直球見逃し三振

2番目なんかはですね、「うわこいつビビって腰抜けてんじゃん笑」って心の中で思いながらマウンドを降りるのが気分良すぎます笑
まあこのタイプの奪三振は、キャッチャーの配球のおかげってところもありますから、キャッチャーには感謝しきりです。



③一番運動量あるのがピッチャー

まず、なんたって一番ボールを触れます。
そして、一番運動量が多いです。

野球だって当然スポーツですから、やっぱり身体を動かすのが好きな人がやるわけです。だったら、たくさん動かしたいですよね?笑



④打てない言い訳に使える

「自称・硬式野球経験者史上最もバッティングが下手な男」である僕は、ピッチャーだから試合に出れたと思います。昔と違い、今では学生野球でもピッチャーは打てなくても許される風潮ありますからね笑

ピッチャーは他のポジションの選手とはまるで異なった練習になります。そりゃそうだ、だって鍛えるべき筋肉違うもん。てことはバッティング出来なくても仕方ないんです。まあ、僕と違ってだいたいのエースは野球上手いやつなんで打てちゃうんですけどね…



⑤試合の日の特別待遇

大会の時はみんな公共交通機関で移動する中、先発ピッチャーなんかは監督の車に乗せてもらって先乗りできたりします笑

監督と仲が悪ければ別ですが、僕はそんなことなかったのでただ楽でした笑

そして試合後の片付けも右肩のアイシングを理由に免除。笑






最初に「よし、理由を5つ挙げてみよう!」って決意したせいで、最初の2つ以外はなかなか共感されなさそうな理由になってしまいましたが、本当にピッチャーの魅力というものは底知れないです!




僕自身、「ピッチャー」というアイデンティティ…と言うと大袈裟かもしれませんが、それに救われたことがあります。

高校時代、僕は野球を一度辞めました。表向き…というよりは実際一番メインな理由ですが、膝の怪我です。手術もしてます。ただ、それだけでなく、人間関係だったり他の面でもうまくいかず、心身共に壊れて辞めた、というのが正直なところです。
それ以来、一時期は野球を観ることすら出来ませんでした。ボールは高校卒業まで一度も握れませんでした。

大学入学後、サークルを探してたときに、友人から野球サークル見学しないかと誘われたときも、悩みました。たしかに怪我が一番の理由でしたが、それでも野球に不義理を働いた僕が再び野球をしていいものなのか、と。他方で、あまり思い出したくない高校時代と決別したいという思いもありました。そこで、野球サークルに行くことにしました。

そのサークルの試合で、僕は再びマウンドに立ちました。3年振りのマウンドは、緊張するどころか、本当に居心地が良くて落ち着きました。そのときやってた野球は決して本気で練習して勝ちにこだわる野球ではないけれど、やっぱり僕はピッチャーなんだ、と。自分はやっぱりピッチャーで、少し高いところからバッターを睨み付けて対峙する場所であるこのマウンドが居場所なんだと。忘れたくて仕方なかった高校時代に決別できた気がしました。僕をそう導いてくれたのは、誘ってくれた友人であることは当然ながら、あのマウンドもだったんじゃないこなと思います。

大袈裟ではなく、ピッチャーとしての自分を思い出せたことで僕は救われました。だからこそピッチャーというポジションは僕にとって特別なものなのかもしれません。
今は引退状態ですが、いつかまた野球を再開したら、そのときはまたマウンドに立つと決めてます。

本当にピッチャーというポジションの魅力にとりつかれた気分です。笑