Be honest. Be ambitious.

野球好き大学院修了生の頭の中

羽生さんがまた大記録打ち立てそうだからさ、将棋の知識はにわかレベルだけど羽生善治九段の凄さについて書いてみる

どうも、mackeyです。

 
けっこう前の更新なんですけど、野球関係なく好きなものについてただ書いたみたいな記事あったとおもうんです。 

mackey5baseball5f.hatenadiary.jpmackey5baseball5f.hatenadiary.jp

このふたつなんですけどね笑

 

 

 

 

で、今回は最近勉強したいなと思っている「将棋」に関する話題。

将棋のプロ棋士って何手も先まで読むわけです。その思考の巡らせ方はどうやっているんだろう?という点に興味があって、それで自分も少し指してみたいな、と思ったわけです。駒の動かし方くらいは知っていますが、「読む」っていう感覚がわからなくて、味わってみたいんですよね。

 

 

ところで、みなさん。

羽生善治さんってご存知ですか?

まあ、名前聞いたない人はほぼいないと思うんです。たぶん一般の方が知ってる将棋の人3人挙げてって言われたら「羽生善治さん」「藤井聡太さん」「加藤一二三さん」ってなるんじゃないかと。

この中でも、ちょっと実績が異次元過ぎるのが羽生善治九段です(他ふたりもバケモノみたいなレベルですが)。

それではここで、羽生善治九段の偉業を振り返ってみましょう。

 

 

 

 

 

 

1.羽生九段の偉業だけで年表作ってみた

特にとんでもない偉業の内容は強調していきたいと思います。

 

1985年度

プロ昇格。史上3人目の中学生プロ、歴代4位のプロ入り年少記録

 

1986年度

将棋大賞の新人賞と勝率1位賞を受賞

 

1987年度

棋士参加棋戦初優勝

 

1988年度

NHK杯当時の現役の名人経験者全員を破り初優勝。将棋大賞の記録部門の四冠独占(史上初)最優秀棋士賞初受賞(最年少記録)

 

1989年度

史上最年少竜王(全タイトル中でも歴代2番目の年少記録)。また将棋大賞の記録部門独占(他には藤井聡太七段が2017年度に達成したのみ)

 

1990年度

竜王を失冠するも棋王を獲得、その後2018年12月までタイトルを何かしら保持し続ける

 

1991年度

棋王防衛

 

1992年度

王座初獲得、その後19連覇(全タイトル中歴代最長)。復位した竜王、防衛した棋王を含め自身初の複数冠保持。三度目の将棋大賞個人記録部門独占

 

1993年度

棋聖、王位を獲得し自身初の五冠。大山康晴中原誠の持つ最多複数冠保持記録に並ぶ

 

1994年度

順位戦A級昇級後1期で名人初獲得。自身初の六冠、大山・中原の記録を更新永世棋王の資格獲得(史上初)

 

1995年度

史上初の七冠独占永世棋聖の資格獲得

 

1996年度

名誉王座の資格獲得

 

1997年度

永世王位の資格獲得。これで永世四冠

 

1998年度

将棋栄誉賞(通算600勝)を最年少・最速・最高勝率受賞

 

1999年度

棋王戦10連覇達成

 

2000年度

史上最多対局(89局)最多勝利記録(68勝)樹立。四度目の将棋大賞個人記録部門独占

 

2001年度

王座戦10連覇達成

 

2002年度

将棋栄誉敢闘賞(通算800勝)を最年少・最速・最高勝率受賞

 

2003年度

「手が震える」がこの年の王座戦から見られるように

 

2004年度

11年9か月ぶりに一冠に転落……も、あっという間に四冠に復帰

 

2005年度

この年もしっかり将棋大賞の最優秀棋士賞受賞。この時点で既に14回目

 

2006年度

王座防衛により通算タイトル65期、歴代単独2位に。永世王将の資格獲得

 

2007年度

特別将棋栄誉賞(通算1000勝)を最年少・最速・最高勝率受賞

 

2008年度

永世名人の資格獲得。これで永世六冠となり永世称号の最多獲得となる

 

2009年度

特記事項なく三冠

 

2010年度

タイトル戦100回目の登場。王座戦19連覇達成

 

2011年度

NHK杯10回目の優勝となり、名誉NHK選手権者となる(7つ目の永世称号

 

2012年度

タイトル獲得通算81期、大山康晴の記録を更新。通算1200勝を最年少・最速・最高勝率で達成(史上5人目)

 

2013年度

王座防衛により王座21期、同一タイトル通算獲得数で歴代1位

 

2014年度

三度目の名人復位。通算1300勝を最年少・最速・最高勝率で達成(史上4人目)

 

2015年度

名人防衛の際の第1局で、名人戦史上最短手数となる60手で勝利

 

2016年度

王座防衛、王座24期

 

2017年度

竜王獲得に伴い永世竜王資格者となり、永世七冠達成。この偉業から棋士として初の国民栄誉賞を受賞囲碁棋士井山裕太七冠(当時)と同時受賞)

 

2018年度

史上2人目の通算1400勝NHK杯で優勝、一般棋戦優勝回数45回となり歴代最多記録を更新

 

2019年度

5月21日現在、通算1432勝。大山康晴の持つ記録にあと1勝まで迫る

 

 

2.羽生さんのなにがやべーのかざっくりまとめてみた

以下、箇条書きみたいにとりあえず載せていきます

 

20年以上ずっと天下獲ってたので全盛期がいつなのかよくわからない

衰えたところでまだまだトップ棋士のひとり

・普通40代になったら衰えるのに50歳目前の今もなおタイトル争いに顔を出す

・早指しルールのため20代有利とされるNHK杯で、先日48歳にして優勝

・現在48歳、王座24期。つまり人生の半分王座というタイトルを保持していた

・どんな戦術でも指しこなせるオールラウンダー

・そのため〇〇流みたいな呼び名がない

・「羽生マジック」と呼ばれる奇跡に近い大逆転を数えきれないくらいやってる

・しまいにはAIが出した最善手よりも少ない手数で相手に勝つ手筋を見付けてしまう

・その結果、解説に「普通に勝てばいいのに……」と言われる

・相手の得意戦術にあえて飛び込んで、結局勝つ

・試合後の感想戦で自分の戦術とかべらべら喋る。でも勝つ

・同世代が歴史に残るレベルの天才棋士佐藤康光、森内等)だらけ。でも勝つ

ラノベ→タイトル通算99期の棋士が100期と永世七冠を懸けて戦う

・羽生→タイトル通算99期の棋士が100期を懸けて戦う。永世七冠達成済み

こうやってフィクションを越えてくる

・趣味のチェスはレーティングで日本1位だったことも

 

 

あらためてこの人やべえな……って思った次第でした。

今のうちにやっておきたいことをまとめておこう

どうもお久しぶりです、mackeyです。

現在ちょっと落ち着いたので、充電中の生活を過ごしています。具体的には、痩せるためにトレーニングしたり、お酒飲んだり、我慢してたゲームやりこんだり。

 

いろいろ今このタイミングでやりたいことはあるのですが、なんか漠然とあれもしたいこれもしたいみたいな状態だと結果全て崩れそうな気がするんで整理しよう、と。

 

 

①まず痩せる

今日からトレーニング再開したんですが、身体動かす充実感を久々に味わいました。とりあえずスーツ入るようにしなければ……

 

②やってないドラクエとまたやりたくなったドラクエやる

ずっと我慢してたドラクエ11、いい加減やりたいと思います。テンション制度導入後のドラクエやったことないんでどう戦えばいいかわかんないけど…笑

……が、ドラクエ3もやりたくなってきたんでやり始めました。前回は2人縛りで、キャラ名も有村架純さんと高畑充希さんからとってやりました。今回は4人パーティで、転職なし縛りでいこうかなーと。名前はシライシ・エトウ・マツムラ・ハシモト。乃木坂46の92年組から取りました。

 

③英語の勉強

もう英語の苦手意識は払拭したいので、本当にやらなきゃならない勉強の支障にならない範囲で頑張ります。

 

④「論語と算盤」読む

前から少し気になっていたんですが、なんか渋沢栄一が1万円札の人になるってことらしく、せっかくなので読んでみようと思います。現代語訳とかも出回ってるみたいですが、せっかくなら原文で読みたい。

 

こんだけかな?もっとあった気がするけど、まあとりあえずなんかあったら追加すりゃいいや。

 

てことで久々のブログ更新でした。

ありがとう、イチロー選手

野球の歴史にとっても、大きな日でしょう。

皆様、お久しぶりです。mackeyです。

 

本来更新予定はなかったのですが、どうしてもこれは記しておきたいと思ったので、休止中ながら本日に限りブログ更新させていただきます。

 

 

僕の少年時代、ヒーローだった選手を3人挙げろと言われたらおそらく次の選手を挙げるだろう。

まずは、元ヤンキース松井秀喜さん。「1人を挙げろ」と言われたら迷わず松井秀喜さん。僕の心酔っぷりは過去のブログにも何度も書いた気がするのでここで改めて言及することは控えたい。松井秀喜に憧れて、松井秀喜に関する本を読み漁り、松井秀喜になろうとして、バットも松井秀喜モデルを選ぶくらい心酔していたがいつの間にか僕のプレーヤーとしてのアイデンティティは打席ではなくマウンドで表現するようになってたけれど

次は、元ファイターズ・新庄剛志さん。ファイターズの北海道移転とともにやってきて、「札幌ドームを満員にする」「日本一になる」と宣言、見事に有言実行を果たした。最近ファイターズのファンになった方々は想像するのが難しいかもしれないけれど、移転当時は12球団でも1、2を争うくらいの無名球団で優勝はおろかAクラス定着も程遠いチームだった。新庄さんの公言なんて当時は無謀にすら聞こえた。なのに、それを達成してしまったのが新庄さん。新庄さんのおかげで、ファイターズは強豪球団に生まれ変わり、パリーグも生まれ変わった。

そして最後に絶対欠かせないのが、イチロー選手。 

 

 

僕が野球に興味を抱き、野球を観始めた頃には既にメジャーリーガー。身体の大きな選手が揃う中、一際小柄な選手。一見、頼りなさそうにすら映るくらいその差は歴然。 

でもプレーすれば、そんな大きな選手たちの誰よりも凄かった。プレー全てが芸術的だった。美しかった。

どんなコースに投げられても当たり前のように打ち返してしまう。凡打だとしても、その脚のスピードでヒットに変えてしまう。だからいつでも塁上にいた。塁に出れば盗塁を決め、あっという間にホームに帰ってくる。そのスピードは当然守備にも活かされ、どこにフライが飛ぼうともいとも簡単に捕ってしまう。その守備力はいつしか「エリア51」と呼ばれ、メジャーリーガー全員から恐れられていた。

走攻守全てが超一流だったけれど、その中でも最も特徴的だったのが肩。今では強肩を表す言葉として知られる「レーザービーム」は、イチロー選手の送球に驚愕した実況の一言が由来。力強い上にコントロールが正確無比。ライトからサードへのノーバウンドストライク返球なんか当たり前にやってのける。レーザービームは、やがて相手チームのランナーは誰も進塁しなくなった。抑止力こそが強肩の終着点だけど、まさにイチロー選手がそうだった。

数多くの日本人選手がメジャーに挑戦したけれど、打撃タイトルを獲得したのはイチロー選手ただひとり。あの、名門ヤンキースで長らくクリーンナップを務めた松井秀喜さんですら獲れなかった。しかも、渡米1年目にいきなり首位打者盗塁王、更にはアメリカンリーグMVP。シーズン200本安打とゴールドグラブ賞獲得は当たり前のように達成し、気付けば10年連続の達成になっていた。そうやって積み上げてきた実績が、将来のアメリカ野球殿堂入り確実と言われる理由となっている。

そんな偉大な選手に憧れないわけがない。そして真似できそうなところは真似もした。外野手用グローブはイチローモデルを選んだ。そんな野球少年だった人は僕だけじゃないはずだ。

 

2004年シーズン258本目のヒット、2009年WBC決勝の決勝打、日米通算4257本目のヒット、MLB通算3000本目のヒット。世界で一番ヒットを重ねたイチロー選手だから、伝説となって語り継がれるヒットも当然数多い。

そして、近年は長く現役を続けることに強い意志を抱き、「最低でも50歳現役」を目標として掲げていた。NPBでは80年以上の歴史で山本昌さんしか成し遂げたことのないこの目標も、イチロー選手に言われてしまうと達成可能に聞こえてしまう。だからまだまだやるだろう、なんて勝手に思っていた。

そんなイチロー選手が、今年は1本のヒットを打つためにもがき苦しんでいた。そんな中での日本での開幕戦。そして、引退では?という推測の飛び交う報道。今までのイチロー選手なら、ここ最近のような引退報道が出てもきっぱり否定しただろう。でも今回は少し匂わせるようなコメントを残していた。

嫌でも頭の中で「もしかしたら」と頭をよぎった。 

試合後の会見でわかったけど、やはり引退は来日前に決めていたことだったらしい。

 

だから来日後のイチロー選手のプレーはなるべくチェックしていた。最後に目に焼き付けておきたくて。そう思わせる選手こそスーパースターなんだろう。

プレシーズンゲームでは「エリア51」と「レーザービーム」がまだまだ健在だと示してくれた。今日の第4打席のゴロでの全力疾走だって物凄く速い。やっぱりすごい。守備と走塁は錆びついていない。いったいどこが衰えたんだろう。まだまだやれるじゃないか。そう言いたくなった。

でも打撃は明らかに全盛期と違った。イチロー選手の野球人生において、これほど1本のヒットが遠かったことなどあっただろうか。僕は正直、あの09年のWBCのスランプしか思い出せなかった。そして、あの10年前のスランプとも何かが違うように映った。「何本のヒットを重ねるのか」注目されていた選手が「1本ヒットが出るのか」注目されている。今までとは明らかに違う。

走攻守すべてに秀でることを自分に課したイチロー選手にとって、打撃の衰えを隠せなくなった今、まさにイチロー選手にとっての選手としての限界を迎えたのかもしれない。

でも「最低50歳まで現役」を目標に掲げていた選手が、それより5歳も若く引退したけど「後悔などあろうはずがない」と言い切った。イチロー選手は限界まで現役をやり通すことを望んでいて、きっとそれが叶ったんだ。稀代のヒットメーカーがヒットを打てなくなるまで現役を続けた。本当に、全く打てなくなるまで。完全燃焼とはこのことなのかもしれない。

45歳での引退に「有言不実行になってしまった」と会見では言っていたけれど、あまりにもこれまで成し遂げてきたことが偉大過ぎる。その功績に傷が付くことなどありえない。史上最高のリードオフマンかつ、史上最高の外野手だったイチロー選手のプレーをリアルタイムで観ることが出来たのは本当に幸せだった。

 

 

イチロー選手が現役を引退する。永遠にその時は来ないんじゃないかって錯覚していたけど、その日を遂に迎えた。

28年間本当にお疲れさまでした。夢をありがとうございました。

それじゃまた今度!

あれも欲しい!

これも欲しい!

もっと欲しい!

もっともっと欲しい!

あれもしたい!

これもしたい!

もっとしたい!

もっともっとしたい!

と、THE BLUE HEARTSの「夢」の最後のサビの歌詞から始まったこのブログですmackeyです。

 

本日2018年大晦日、今回の更新でいったん当ブログの更新を休止します。気分が乗れば半年後くらいには再開するでしょう。そうです、おそらく平成最後のブログ更新です。つまり次の更新はおそらく元号。そういや実は5月1日に改元とは正式には決まっていないみたいな話も聞きましたが、どうなんですかね。政治的な話がわりと絡んでいるらしく、事態を把握しきれてはいないのですが。

 

ブログ休止理由については、Twitterをフォローしていただいている方の一部は「なるほどね」と思うかと。なんなら「いやはよやめーや」とまで思っているかもしれません。あまり具体的に公言するつもりがないのでぼかした説明になってしまいますが、ひとつだけ言えるのは、試験が大変なんです

まあこれからストレスフルな日々をしばらく過ごすわけですが、この日々を乗り切ったときに「これをしてやる!」とか「これを将来買ってやる!」とかいうのを今から妄想想像してモチベに変えたいと思います笑

ひとりでノートにでも書き留めればいい話でもあるんですが、これ見れば僕の性格も滲み出ていると思います。なので、せっかくですし俺こんな人間ですよ!って自己紹介的な役割を果たしてもらうべく、ここに書いてみようかと笑

 

 

 

 

・筋トレして、海で見せびらかせられるくらいの身体を取り戻す!

・たまったドラクエやるために引きこもる!

・バイトして金欠から脱する!

王柏融選手のユニフォーム買って札幌ドーム観戦!

・旅行する!

・ドライブする!

・派手に飲む!

・料理男子に、俺はなる!

ワインセラーを買う!

・ビールサーバーも買う!

・その勢いでバーカウンター設置!

・トレーニングルーム設置!

 

えーたぶん半分以上はやらないと思います、特に後半のほとんど。あと、書いてて自分でもやべーなと思ったのが、「恋愛・結婚」にまつわる話が一個も出てこないこと。もしかしてひとり身って楽なんじゃないか……?と思い始めている今日この頃。

 

ということで、しばらくブログの更新はストップします。SNSも正月あたりに一通り挨拶したらしばらく離れる予定です。「いやお前、いいねつけたべ今」とかいうのはたまにあると思いますが、大目に見ていただければ。いよいよ数年ぶりに修行僧チックな生活となりますが、つらいことはさっさと片付けたいのでね。頑張ります。

それでは皆様、よいお年を。

来季のサードについて、ちょっとした考察

こんばんは、mackeyです!

 

 

 

先日こんな投票をTwitterで実施しました!

ここで選択肢としたのは、今年終盤サードを務めた横尾選手、そして秋季キャンプでサードの練習をしていたと報じられていた近藤選手・大田選手・淺間選手です。

もちろんそれ以外にも候補はいるかと思います。ということで、サードの可能性があるかも?という選手についてちょっといろいろ書いていきたいと思います。

 

 

 

 

・横尾俊建選手(投票1位)

普通に考えれば、わざわざコンバートとかさせずに横尾選手に務めさせるのが素直な考えかと思います。

打率はそれほど高くなくても一発が魅力という、打撃タイプ的にもレアード選手と近いです。また、守備もそれほど悪くありません。セカンドだとどうしても守備範囲が気になってしまうという側面がありましたが、サードとしてであれば守備範囲も広いほうに含まれます。無難な選択肢は横尾選手でしょう。

 

・近藤健介選手(投票2位)

個人的には一番の希望ではあるけど、実現可能性はあまり高くなさそうという選択肢です。

皆さん、2014年のサード守備を覚えているでしょうか。あれが出来ればGG賞も夢ではない、というレベルでした。ただ、それから4年が経過しているので今同じことをできるかというのはわかりません。

それ以上にサード近藤の問題点として挙げられるのは、やはり怪我の多さかと思います。たしかに、近藤選手がサードになればチームの内野守備の向上の可能性があります。しかし、ファイターズの選手起用で最も大事な点とも言えるのが「打者・近藤を1年間怪我無く使うこと」です。

 

大田泰示選手(投票3位)

現状見る限り、これが現時点の想定なのかな?と受け取れるのがサード大田泰示です。

そもそも横尾選手で行こうという考えがあれば、これだけの人数をサードに挑戦させること自体に疑問符がつきます。横尾選手を焚き付けるためであれば、こんな外野手勢ぞろいでサードやらせるのかな?と。とすると、やはり横尾選手以外を想定している気がします。で、近藤選手は上記の理由で年間通してのサードは現実的ではない。そうすると、内野手としてプロに入った大田選手の名前が浮かびます。背番号5もそういう期待なのかな?という推定も働いております。

ただ……内野手として不安があったが故の外野転向でしたからねそもそもが。しかもライトとしては球界1、2を争う守備力です。そのライトを失ってまで守備に不安のあるサードを誕生させるのか?という疑問は個人的にあります。大田選手こそ打撃に専念させてほしいな、と思っています。

 

・淺間大基選手(投票4位)

打撃を活かすということで、淺間選手もチャレンジしていました。しかし、正直そこまで使いたいほどの打撃なのか……?という疑問はあります。淺間選手をコンバートさせることで、清宮選手か横尾選手どちらかの出場機会が失われることが予想されます。もちろん1年目の衝撃は忘れられませんが、レアード選手が抜けたんだから必要なのはむしろ清宮選手や横尾選手のような長距離砲では?という気もしなくはありません。もちろん戦術の関係で淺間選手のほうがマッチしているということもあり得ます。

 

中田翔選手

栗山監督が来季のサードのプランについて語ったという記事に名前載っていたのでここに書いておきます。が、一度既に頓挫済みでしたよね……。そもそも本人が打球怖いとか言ってましたし。じゃあなんで左のスラッガーの引っ張った打球が来るファーストならいけるのよとも思いましたが

どうしても清宮選手をファーストで使うんだという意向が働けば別かもしれませんが、中田選手がファーストにいないとおそらく各ポジション5個ずつくらいエラー増えかねないので、ファーストにいてほしいです。

 

王柏融選手

大学時代までサードだった王柏融選手。

たしか、本人の「打撃に集中したい」という意向で外野転向したはずです。プレーを見たことがないのでどうなるかはわかりませんが、もしかしたらあるかも……?

 

・谷内亮太選手

個人的に地味にこれがあるかも、と思っているのがトレードで移籍してきた谷内選手の抜擢です。

そもそもあのトレードも実は谷内選手がメインの目的だったのでは?とも一部で噂されているので、意外と評価が高いということもあるかもしれません。

 

 

 

かなり印象論に寄ってしまった内容です。申し訳ありません。まあ、いちファンとしていろいろ構想練るなんて正直こんなもんでいいんじゃね?いちいちセイバーとか全部分析しなきゃ発言権ないってのもおかしくね?というノリです笑

てことで今日はこの辺で。

一回ファイターズの背番号状況をまとめたのでよければお使いください(2018年12月26日時点)

この記事は、以下のニュースが飛び込んできたので思い立ったものです。

www.fighters.co.jp

てことで、現在のファイターズの選手の背番号をまとめました。単純に僕が「あれ、今誰が何番だっけ?」ってなったのでまとめただけです。今年変更等があった番号についてはその旨も併記しております。

 

 

 

1 斎藤佑樹

2 杉谷拳士

3 田中賢介

4 谷口雄也(オズワルド・アルシア:退団)

5 大田泰示(ブランドン・レアード:退団)

6 中田翔

7 西川遥輝

8 近藤健介

9 中島卓也

10 清水優心

12 松本剛

13 生田目翼石井裕也:引退)

14 加藤貴之

15 上沢直之

16 有原航平

17 浦野博司

18 吉田輝星岡大海:シーズン途中トレード移籍)

19 金子弌大(マイケル・トンキン:退団)

20 上原健太

21 清宮幸太郎

22 鶴岡慎也

23 渡邉諒

24 野村佑希(森本龍也:育成再契約に伴う背番号変更)

25 宮西尚生

26 淺間大基

27 ニック・マルティネス

28 ジャスティン・ハンコック(新垣勇人:戦力外)

29 井口和朋

30 鍵谷陽平

31 村田透

32 谷内亮太大累進:戦力外)

33 ジョニー・バーベイト大田泰示:背番号変更)

34 堀瑞輝

35 西村天裕

36 中村勝

37 木蓮矢野謙次:引退)

38 石井一成

39 秋吉亮(高梨裕稔:トレード移籍)

40 福田俊(高良一輝:戦力外)

41 ブライアン・ロドリゲス

42 黒羽根利規

43 白村明弘

44 森山恵佑

45 平沼翔太

46 田中瑛斗

47 田中豊

48 高山優希

49 公文克彦

50 鈴木遼太郎

51 石川直也

52 宮台康平

53 立田将太

54 玉井大翔

55 難波侑平

56 藤岡貴裕

57 杉浦稔大

58 横尾俊建

59 吉田侑樹

60 郡拓也

61 姫野優也

62 高濱祐仁

63 北浦竜次

64 田宮裕涼谷口雄也:背番号変更)

66 万波中正大嶋匠:戦力外)

67 岸里亮佑

68 石川亮

70 今井順之助

90 實松一成

99 王柏融

124 森本龍也

144 海老原一佳

賢介のために日本一になれ~賢介劇場、開幕

タイトル、ピンと来る方も多いのではないかと笑

どうも、mackeyです。あ、そうだ。

We wish a Merry Christmas, And a Happy New Year~♪

 

 

さて、本日の話題はこちら。

www.fighters.co.jp


田中賢介 現役引退を表明「みんなにユニフォーム姿を見てほしい」

来季、プロ20年目を迎える田中賢介選手が、来季限りでの引退を表明しました。レギュラー定着の頃からずっと観ていた選手ですので、僕としても思い入れも強いです。

 

ただ、まず一つ確認すべきは

来シーズンも田中賢介選手はいる

ということですね。まずここは大変喜ばしいことでした。

 

 

|目次|

 

 

 

 

1.これまでの振り返り

ベストナイン(以下「B9」と略)は6度、ゴールデングラブ(以下「GG」と略)は5年連続5度の受賞。00年代のパリーグを代表するセカンドとして君臨した選手です……という説明も不要かと思います。

ファイターズ5度の優勝の全てを知る選手は3名しかいませんが、それを全てレギュラーとして経験したのは田中賢介選手ただひとりです(優勝年全て在籍していたのは他には飯山コーチと武田勝さん)。そんな田中賢介選手のこれまでをざっくりとまとめてみました。

 

 

 

 

・プロ入り後から05年まで

ドラフト2位指名というように、期待はされて入団するも一軍定着までは時間が掛かりました。その時代の賢介選手を注目して観ていたわけではありませんが、どうも守備が課題だったようですね。

 

 

・06年から08年~2番打者として

転機は2006年。遂にセカンドのレギュラーの座を掴みました。打順は2番。ものすごく懐かしいですね。当時は森本選手が出塁、賢介選手が送りバント、それから小笠原選手以降の打者で返すという得点パターンが出来上がっていました。この年、自身初の日本一を経験し、打率3割にB9・GGといったタイトルも獲得するなど大ブレークの年となりました。

ところが2007年は打撃不振に陥ります。当時を覚えている方はすぐ頭に浮かぶと思いますが、当時の打撃フォームは非常にクセが強いものでした。グリップを肩より下に構えていましたからね。けっこう真似してましたが(笑)、あれインハイ対応しづらそうだなーと中学生だった僕は思ってて、そこを見事に突かれてしまっていた記憶です。あくまで記憶ですので、正しいかどうかは保証しません。とはいえ、2番打者として58犠打(当時のパリーグ記録)を記録し、B9とGGの同時受賞をまたも達成します。この年の打撃成績でB9なのか

そこから2008年には打撃フォームを改良し、打率は3割目前、本塁打は自身唯一の2桁本塁打を記録するなど調子を取り戻します。この07~08年のファイターズはとにかく貧打でして、そんなチーム事情からこのシーズンは2番→3番→1番と打順が移り変わりました。

 

 

・09年から12年まで~1番打者として

そして、2009年からはしばらくの間1番打者として活躍を続けます。特に2010年は自身最高の打率.335・34盗塁を記録し、首位打者争いを終盤まで繰り広げました。

ところが、2011年からは怪我に見舞われることとなります。2011年は6月に左足首を骨折してしまい残りのシーズンは欠場しました。2012年も8月末に守備中に当時ライオンズ在籍の中島選手と交錯し、左腕を骨折して、日本シリーズの出場も果たせませんでした(この時代わりに出ていたのが西川選手)。

 

 

・13年、14年~メジャー挑戦

12年オフに海外FA権を行使、メジャーリーグに挑戦します。

しかし、なかなか出場機会には恵まれず、結局出場できたのは13年の15試合にとどまりました。結局14年シーズン途中で自ら自由契約を申し出ることとなりました。

 

 

・15年、16年~日本復帰、2度目の日本一

さて、その頃のファイターズ。14年シーズン終了と同時に稲葉選手と金子誠選手というファイターズそのものと言うべきくらいの精神的支柱が引退することとなりました。その頃です。田中賢介選手復帰が濃厚というニュースが流れてきました。シーズン中の報道だったものですから、金子選手が引退特番で賢介選手に「こっちざわついてんだけど?」っていじっていたのを今でも覚えています。

ということで復帰し、2015年シーズンは主にクリーンナップを務め、自己最多の66打点を記録しました。このシーズンは右肩を亜脱臼した状態でのプレーで、走る際に右手でユニフォームを掴んでいたのは記憶に新しいかと思います。中島選手との二遊間は「新婚」と称され、B9の同時受賞を果たしました。

そして2016年、あの伝説のシーズンですね。このシーズンも主にクリーンナップを務めました。しかし、後半は打撃が狂い始め調子を落としていきました。全試合出場は果たしたものの、成績は前年を下回りました。

 

 

・17年、18年~レギュラーから外れて

前年の不振から巻き返したい2017年シーズンは、本人の成績不振、チームの早々の優勝争い・CS争いからの脱落、即戦力ルーキー石井一成選手の入団など様々な事情が重なり出場機会が減少します。

そして2018年シーズンは遂にスタメンの構想からは外れ、途中出場が主な出番となりました。しかしながら打撃はむしろ復活します。特に後半戦は代打の仕事にも慣れたのか、成績が向上しました。打席が少ないので比較に適しているか疑問ではありますが、打率.295とOPS.722はチーム復帰後4年の中では最も良い成績です。

 

 

 

 

2.19年~ラストシーズンはどうなる

「新庄劇場」と「俺のために日本一になれ」。どっちも日本一になった際の印象的なフレーズですね。お分かりかと思いますが、今回のタイトルはこれを意識しています。

やはり賢介さんを手ぶらで引退させるわけにはいきません。幸いにも、今オフのファイターズは素人目に見ても「来季優勝します」との決意表明に映るほど動いています。今までは数年後を見据えた編成が多かったはずですが、今オフに限っては来年を見た編成です。

 

そっか、賢介いなくなるのか。なんとしてでもドーム行かなきゃな。時間がないとか言ってられない。どう頑張っても早くて5月下旬にはなるけど……笑